「徒然草」

徒然草の150段目の文章を現代文にした言葉が、落ち込んでいる時に読むと、とても元気が出てくると話題になっております。

『徒然草 第百五十段より』 『徒然草』(つれづれぐさ)は、卜部兼好(兼好法師、兼好。吉田兼好は江戸期の俗称)­が書いたとされる随筆で、
清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』と合わせて日本三大­随筆の一つと評価されております。

鎌倉時代末期、1330年8月から1331年9月頃にまとめられたとする説が主流ですがが、数多くの説があり定説はない。
中年期の兼好が著したことになるが、若い時代に書­いた文章も含まれているという説もあり、兼好が書いたとする明確な証拠は何一つないようです。

それでは、まずはコチラから。。。

徒然草の150段目、原文

能をつかんとする人、「よくせざらむほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得てさし出でたらむこそ、いと心にくからめ」と常にいふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。いまだ堅固かたほなるより、上手の中に交りて、そしり笑はるゝにも恥ぢず、つれなくて過ぎてたしなむ人、天性その骨なけれども、道になづまず、みだりにせずして年を送れば、堪能の嗜(たしな)まざるよりは、終に上手の位にいたり、徳たけ人に許されて、ならびなき名を得ることなり。

天下のものの上手といへども、はじめは不堪(ふかん)の聞こえもあり、無下の瑕瑾(かきん)もありき。けれども、その人、道の掟正しく、これを重くして放埒(ほうらつ)せざれば、世の博士にて万人の師となること、諸道かはるべからず。

このままだと、何のことだか解りませんよね。
コチラは現代版に訳した文章です。

現代訳


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