とにかく教育熱心だった母の薫陶が功を奏し、たけしさんの成績は優秀。
1965年(昭和40年)に高校を卒業し、母親の薦めで、明治大学工学部(後の理工学部)機械工学科に現役合格し入学しました。

しかし…..大学での生活には適応できず、五月病を患うような状況に。
そして大学2年の時には、家出同然に一人暮らしを始め、新宿界隈で当ての無い日々を送るようになるのです。

そしてせっかく入学した大学は、勝手に中退をしてしまったそうです。。

中退後、アルバイトを転々としながら、フランス座、松竹演芸場などの舞台に出るようになるようになり、徐々に顔を知られるようになります。
そして、ついにはテレビに出演するようになり、人気を得るようになっていたのです。

現在では、皆さんご存知の通り、芸能界の枠を超えた世界のたけしとして大きな成功をおさめたのです。
同じ母親に育てられた大さんは研究者として成功し、大学教授も務めた方でした。

そんな中……

たけしさんが当時交際していたとされる女性のもとにフライデーの記者が取材に訪問。
その際に強引な手法をとったことや、女性にケガを負わせてしまったことに激怒したたけしさんが仲間を連れて出版社へのりこむ事件が発生!

かっけーな

I’m a mad jap‼︎さん(@tks58xx)が投稿した写真 –

この事件はフライデー事件として、世間を巻き込む大きな問題になりました。
そんな時、たけしさんの母さきさんは…

「あんなどうしようもないのは、死刑にでもしてください!」

と一喝。
マスコミを呆然とさせたのです。

その後話を聞いた、たけしは電話で「なんてこというんだよ!」と怒りますが…

「なに言ってんだい、ああでも言わなきゃ騒ぎがおさまらんでしょ」 と返答。

下手に「申し訳ない」と誤ってしまえば尚更叩かれる。
息子を思えばこそ、あえて攻撃する事で守った母の愛だったのです。

小遣いをせびる一方で、時折母親らしい姿をみせる母、さきさん。。。。
そんな母も病魔には勝てず、ある日入院してしまいます。

さきさんが亡くなる2年前の1997年。
たけしさんは、92歳になり、軽井沢の病院に入院していたさきさんをお見舞いに行きました。


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